タンパク質の精製法

タンパク質を分離する原理

タンパク質はアミノ酸がペプチド結合により連結して一定の構造をとっている。それぞれのタンパク質には固有の分子としての性質がある。分子としてのタンパク質の性質として重要なのは、(1)分子量、(2)静電的性質、(3)疎水的性質である。タンパク質の精製とは、対象となるタンパク質を、その固有の性質に基づいて他のタンパク質から分離することにほかならない。

精製時におけるタンパク質の失活に対する対策

タンパク質の精製で問題となるのは失活である。タンパク質は熱や酸化により容易に活性を失う。これを避けるために、低温での操作、並びに安定剤と呼ばれる試薬のタンパク質試料液中への添加が行われる。精製操作は基本的には氷上で行う。またクロマトグラフィー操作は、4度の冷蔵庫内で行う。安定剤には主に酸化防止剤と沈澱形成抑制剤がある。前者として汎用されるのは、2メルカプとエタノール(0.1mMもしくは1mM)またはジチオスレイトール(0.1mM)である。また、後者として汎用されるのはグリセロールである。10%から25%の濃度でタンパク質を扱うバッファー中に添加する。自分が精製しようとするタンパク質について、室温もしくはそれ以上の温度で失活させ、それに対する安定剤の効果を調べる。それにより安定剤が有効であることを確かめることができる。筆者の経験では、タンパク質の安定剤を発見することは精製を成功するためのキーとなる場合が多い。

汎用される精製操作

タンパク質の精製に汎用される方法について以下に述べる。どの操作をどの順番で行うかについては、それぞれの操作の大型化が容易であるかにより判断する。硫安沈澱やエタノール沈澱による精製は、遠心機を使った大型化が容易であるので、精製の最初に使われる。ゲル濾過はほとんど全てのタンパク質に適用可能であるが、実験室レベルでは大型化が難しい。そのため、多くの精製において、ゲル濾過は最後の段階で用いられる。

遠心機を使った精製方法(硫安沈澱、エタノール沈澱)

硫安沈澱はタンパク質精製の基本的手段である。タンパク質が硫酸アンモニウムという塩の存在下で沈殿し、遠心により容易に集められることを利用している。ほとんどのタンパク質について、遠心により集めた硫安沈殿を再びバッファーに溶解すると、活性がでてくる。それが硫安沈殿がタンパク質の精製に汎用される理由である。沈殿するのに必要な硫安濃度はタンパク質によって異なっている。それを利用して、精製を進めることができる。硫安沈澱法の問題は、用いた硫酸アンモニウムによるタンパク質の活性阻害である。そのため、一般の精製においては硫安沈澱を行った後、透析により硫酸アンモニウムを除く操作が必要となる。

血清などタンパク質を含む溶液にエタノールを加えると、ほとんどの場合沈殿が現れる。これは、タンパク質の構造維持に必要なアミノ酸残基間の水素結合が切られることによる。この沈澱を遠心して集め、バッファーに再溶解すると活性が現れる場合がある。エタノールの作用は、温度の影響を受ける。エタノールをあらかじめマイナス20度で冷却し、タンパク溶液に加えるのが普通である。

イオン交換カラムクロマトグラフィー

イオン交換カラムクロマトグラフィーは、タンパク質の静電的性質の違いを利用した精製方法である。タンパク質の精製に用いられるのは、陽イオン交換樹脂(DEAEセルロースなど)、及び陰イオン交換樹脂(ホスホセルロース、CMセルロースなど)である。前者は中性条件で正電荷を帯びる残基を有し、タンパク質の負電荷を帯びた部分とイオン結合する。後者は陽電荷を帯びた残基を持つ。イオン交換クロマトグラフィーの結果は、用いるバッファーのpHにより強く影響を受ける。したがって、カラムを使用する前に、大量のバッファーを流す。この操作は平衡化と呼ばれる。

カラムに吸着したタンパク質は、NaClなどの塩で溶出する。NaClの濃度を徐々に上げてゆく方法が汎用される。これはNaClによるグラジエント溶出、と呼ばれる。

DEAEセルロースのようなイオン交換樹脂は、オープンカラムと言って、ガラス製の円筒管に充填して用いるのが一般的である。これに対して、FPLCという、高速液体クロマトグラフィーに準じた、中圧カラムクロマトグラフィーの装置が販売されている。そのイオン交換樹脂には、MonoQ(陰イオン交換樹脂)とMonoS(陽イオン交換樹脂)がある。これらは再現性に優れている。しかしながら、比較的高価な装置を購入する必要がある。

ゲル濾過

分子ふるいとも呼ばれる精製方法である。タンパク質を分子量の違いにより分離する。セファデックスやBio Gelなどの商品名でゲル濾過樹脂が販売されている。これをガラス管に封じ込め、試料を上部に添加後、再び流してカラムの下部から分取してゆく。対象とするタンパク質の分子量によって、ゲル濾過樹脂に存在する穴のサイズを変える。それにより、1,000から1,000,000という広い範囲の分子量のタンパク質の精製を行うことができる。

疎水性カラムクロマトグラフィー

疎水性カラムクロマトグラフィーは、タンパク質の疎水性を利用して疎水性残基を有する樹脂にタンパク質を吸着させ、溶出させて精製する方法である。イオン交換クロマトグラフィーの場合とは異なり、高い塩濃度から逆に低い塩濃度のバッファーを流し、タンパク質を溶出させる。これは、タンパク質の疎水性結合が塩により強まるからである。

アフィニティークロマトグラフィー

最後にアフィニティークロマトグラフィーと呼ばれる比較的特殊な方法を紹介したい。タンパク質は様々な分子と結合する。その相手型分子をカラムの樹脂に結合させるのがアフィニティークロマトグラフィーである。アフィニティークロマトグラフィーの例として、抗体カラムについて述べてみたい。タンパク質に対する抗体を得て、それを樹脂に結合させ、元のタンパク質を精製するという方法である。タンパク質試料をカラムに通過させ、さらに抗原と抗体の結合を切断するような試薬(尿素など)を使ってタンパク質を回収するのである。このアフィニティークロマトグラフィーの考え方は、抗体に限ることなく、リガンドを用いたリセプターの精製などに応用される。

最後に

生体内に存在するタンパク質を精製するのは容易でない場合が多い。材料を集めることが困難である場合もしばしばである。問題に直面した時、冒頭に述べたタンパク質の精製の基本原理に立ち返っていただきたい。それにより、諸君だけが到達できる、タンパク質の新しい精製手段を確立できるであろう。諸君の成功を祈っている。