精製とは

はじめに

生化学は、カイコ創薬学において基本となる方法論である。生化学とは、究極的には、生命現象を分子のレベルで解剖し、再構築する過程である。現代の生物学においては、現象を分子のレベルで理解することが求められる。そのためには対象とする生命現象を動かす分子を見つけ出す必要がある。そのような分子を発見することは容易ではない。現実的な方法は、現象を説明する生理活性物質をひとつ発見することである。新しいタンパク質、新しい抗生物質、を発見するのである。精製は、それを実現するための手段である。

生化学で精製の対象となる生理活性物質は様々である。カイコ創薬学においては、タンパク質(酵素、制御タンパク質)、並びに、抗生物質が重要である。カイコは他の実験動物に比べて、比較的大量の材料を得ることに好都合である。したがって、カイコ創薬においては、カイコという昆虫の体内から生理活性物質を見出し、精製する、という手法は重要である。

さらに、カイコ創薬学においては、直接医薬品シーズとなる天然物を精製することが重要な方法となる。天然物を精製することは、抗生物質にとどまらず、創薬の基本的方法である。精製の基本コンセプトはタンパク質のような高分子でも抗生物質のような低分子でも共通している。

生理活性物質の発見

新しい生理活性物質を発見することは決して容易ではない。カイコ創薬においては、それに挑戦してゆく。発見について決まった方法があるわけではないが、まずは生理活性物質の存在を見つける必要がある。特に活性を定量する方法の確立が重要である。酵素タンパク質であれば、対象の触媒反応を定量する系の確立が必要である。また、抗生物質であれば、抗菌活性の定量法の確立が必要である。これらの定量的方法を用いて、カイコの体内や、土壌細菌培養液などの天然物素材から、自分が求める生理活性物質の存在を確かめ、それを精製するのである。

精製の手順

(1)比活性の上昇を指標とした精製

比活性とは、サンプルの全活性量をサンプル重量で割った値である。精製が進んだか否かは、比活性の上昇があるか否かで判断する。この点は、カイコ創薬における最も重要な課題であることを、あえて強調しておきたい。クロマトグラフィー操作を進めても、比活性の上昇を示すことができなければ、精製が進んだことを示すことにはならない。当たり前のように思われるかもしれないが、この点を乗り越えた精製の論文は驚くほど限られている。

(2)純度の基準

生理活性物質の精製が成功すれば、純粋な物質が得られるはずである。純度の基準は、カイコ創薬学の哲学を支える重要なコンセプトである。
カイコ創薬では、純度の基準を以下に定める。

1. 純粋であるとする標品は、電気泳動(タンパク質の場合)やHPLC(抗生物質の場合)において、単一の物質としてのピークを示すべきである。
2. そのピークを与える物質に、求めている生理活性があることが示されるべきである。

カイコ創薬学においては、これらふたつの条件を満足した標品を純粋である、とする。これがカイコ創薬学における純度の基準である。

実際の精製においては、さまざまな制限があり、上記の基準を示すことは多くの場合容易ではない。しかしながら、基本コンセプトを理解し、純度の基準に立脚した議論を行うことが大切である。