大学教授の研究事業化

大学教授にとっての研究事業化企業

ここでは、大学教授が自らの研究を事業化することを目的とした企業を、研究事業化企業とし、著者の経験を述べて読者諸氏の参考に供したい。欧米では以前から、大学の教授が起業して産学連携に参加することは普通に行われてきた。我が国においては、今から20年前に文部科学省と人事院は、国家公務員である国立大学の教員が自らの研究を事業化することを目的とした企業の役員を兼業することは、国民の奉仕者としての職務と矛盾しない、という記者発表を行った。現在では、独立行政法人となった旧国立大学や私立大学で、このことは広く受け入れられている。しかしながら、実際にそのような研究事業化企業を起業し、産学連携に役立てている薬学領域の教授の数は限られている。

多くの教授が起業に手を出せないでいるのは、研究事業化企業の経営を自分でやる必要があると考えているからではないだろうか。これは私の考えであるが、大学の教員が会社の経営に口出すべきではない。経営の専門家に任せるべきである。私自身は、中学・高校・大学の親しい友人に、研究事業化企業の経営をお願いしている。私自身は無報酬の顧問という肩書きで会社に所属している

研究事業化企業は、規模は小さくとも、それ自身で研究を遂行する能力をもつ必要がある。そして教授が所属する大学と共同研究契約を締結し、大学内での共同研究を認めてもらう必要がある。それにより研究事業化企業は、大学内の研究施設を共同研究者として利用できるようになる。

このような教授と大学の共同研究を行う企業は、大学の研究室におけるポスドクや大学院生の研究者教育にとっては好都合である。現代の生命科学においては、探索研究などのルーチンワークが必要不可欠である。大学において教授はそのような仕事を学生にやらせることになりがちである。いくら「ただ」だからといって、学生を探索研究にあたらせるようでは、研究者教育の実現は難しい。一方、研究事業化企業の研究者は、給与の対価として探索研究を担当できる。それにより、大学における研究は著しく促進されることとなる。

得られた研究成果に基づく特許の申請は研究事業化企業にとって重要である。特許申請は論文執筆に先行して実施せねばならない。さもないと、新規性が喪失することになる。そのため、特許申請と論文執筆を並行して行うためには準備が必要である。まず、発明が行われた段階で教授は大学に対して発明届けを提出し、審査を受け、職務発明としての認定を受けるる必要がある。内容によるが、この審査には時間がかかる場合が多い。そして論文執筆にとりかかり、内容を弁理士に見せ、明細書の作成、並びに特許庁への申請手続きを依頼する。この間、論文の投稿準備作業に入って構わないが、雑誌での論文発表日時が特許申請日に先行しないように注意する必要がある。

研究事業化企業にとって、製薬企業や食品企業との共同研究契約をとることが重要である。大学教授としての科学研究費申請とは異なり、相手企業が評価してくれるか否かが共同研究の成立を決定づける。その点、学術の観点だけからの評価で行われる科学研究費の申請とは異なっている。契約時に相手企業の研究者と相談して実験計画書を立案し、管理表をもとに実際の実験に当たる。大学の学生と行う研究とは異なり、するべき実験をしなければ、契約違反を会社として問われることとなる。一方、企業との共同研究の成果を論文として発表することは重要である。相手企業の意向によっては発表が難しい場合があるが、学術的に意味のある研究成果については、交渉して必ず論文発表するべきである。さもないと、大学側からみた産学連携の成果は小さいものとなってしまう。 私は、2000年に株式会社ゲノム創薬研究所を研究事業化企業として起業した。この会社は、本年4月に帝京大学薬学部寄付講座「カイコ創薬学」を設置した。現在私はこの講座の特任教授として勤務している。この会社はこの20年間、東京大学及び帝京大学における私の研究を支えてくれてきた。あらためて関係諸氏に御礼申し上げたい。